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2019.12.27

訪問診療ブログ『母さん、もう家に帰ろう。』

金谷 潤子
12月24

90代後半女性。
もう5年越しのご縁でした。
とてもしっかりとされていて、長い人生の中でお子様たちをしっかりと守り育てて来られました。
主たる介護をされていたのは同居する娘さま。
優しい娘さまは、とても真面目で時に自分の容量を超えて抱えてしまい、鬱を繰り返していました。
薬剤も幾つか飲んでおられました。
人の介入が苦手で、医療は私だけが長年関わっていました。
ショートステイとデイサービスを繋いでの生活でしたが、お一人での介護の重責は娘さまには重た過ぎて、昨年冬にお母様の特別養護老人ホーム入居が決まりました。

その後緩やかに老衰は進み、
この秋に血尿で、特養から病院入院となりました。
飲食量もずいぶんと減りました。
特養へはもう戻れないとのこと。

お母様はポツリと「帰りたい」

娘さまは心を決めました。

1年ぶりの懐かしいお声のお電話があり、

「先生?お久しぶりです。
◯◯の娘です。
母がもう危ないそうなんです。
私ね、家に帰したいと思うんだけど。
私に無理でしょうか?
前はたくさんの方が家に来るの無理だったけど、
今度はちゃんと皆さんに頼る、
皆さんに助けてもらうって決めたからできると思う。」

「帰りましょう、皆で待ってましたよ。
ずっと。」

お母様は家に帰って来ました。
病院で毎日施されていた点滴は卒業です。

一口何かを口にする日もありましたが、
お母様は殆ど静かに眠っておられました。
それでも娘さまが声をかけると、うなづいたり首を振ったりして答える穏やかな時間が過ぎました。

実は娘さまは
決心したにも関わらず
病院でお母様の退院日が近づいてくると
日に日に不安が募り鬱傾向になっていました。
お母様の命の重責が、ずっしりと肩にのしかかったのでしょう。
何度もお電話して安心していただこうとしましたが、寝たきりになってしまったお母様のイメージは重たくなるばかりでした。

ところが。

お母様を家に迎えると、娘さまの心に立ち込めていた暗雲がサァッと晴れました。
嘘のように心穏やかになりました。
娘さんの言葉を借りると
「鬱がぶっとびました!」
「子供に返った母ととびきりのスキンシップで過ごしたい」
自信に溢れる表情に代わりました。

日に何度か訪れてくれる訪問看護さん。
便処置や清拭や
丁寧に根こそぎ痰を取ってくれる、
その優しさと献身に
助けられたから、
救われたからだと
教えてくれました。

人にあまり頼ることなく、
自分で抱え込んで生きてきた娘さまは
看護師さんの優しさに触れて、凍った心が融けたのでしょう。
表情は柔和になり、旅立ち近いお母様の側に寄り添う喜びを噛み締めて過ごしました。

最期の日。
それまで殆どを閉眼で寝ていたお母様でしたが、
朝からずいぶんしっかりと
たくさんを見届けるように
起きている時間が長くありました。
訪れるご家族にもご挨拶をされました。

血圧はもう測れないほど低くなり、
夕方からは昏睡状態となりましたが
娘さんが手を握ると、
優しい手が
ギュッと握り返してくる。

小さな頃から育ててくれたお母様の手。
抱えてあやしてくれて
頭を撫でて
ごはんを握ってくれた
母さんの手。

もう言えなくても
ギューッと
手が教えてくれる。

「ありがとう」と。

「分かってるよ」と。

「嬉しいよ」と。

娘さまの見守る中、お母様はそっと旅立ちました。

娘さまが決心され、
お母様が家に帰ってきて10日目のことでした。

「よく頑張りましたね!
本当によく頑張りましたね!」
呼吸停止の連絡を受けて駆けつけ、
私は玄関で娘さんを強く抱きしめました。

「あっという間でした。
皆さんがいつも居てくれたので怖くありませんでした。
母と最期に家に一緒に居れて幸せでした」

静かに眠るお母様のお顔は、目を瞑りながら優しく話しかけているようでした。

「ありがとう、またね」

※写真はご自宅の切り株に娘さまが飾っているお人形たち。
時々お顔ぶれが変わります。
これは5年前、私が初めてお会いした頃のお庭です。
優しいお心遣いはこれからも空に届きますでしょう。
合掌。

2019.12.27

訪問診療ブログ『皆さまにご挨拶を』

金谷 潤子
12月22

 

まだまだお若い癌末期の方。

お一人暮らしの彼女が終の住処として10月に越してきたのはアットホームな高齢者住宅。
彼女は高齢者ではありませんが、施設の看護師さんやヘルパーさん達と直ぐに打ち解けました。
程なくご病状悪化で入院となり、積極的治療の選択肢が無いとのこと。
住宅に帰りたいとのご希望で、10日前に退院して私にご縁をいただきました。

緩和ケア治療の効果か、
ご家族と外食にも行かれ、
毎日大好きな鮭のトバやスナック菓子など色々楽しまれて過ごされました。

それでもだんだんとご体調は落ちてきて3日前にはお話も殆ど聞き取れない様に。

けれども昨日、
朝から突然目覚めた様に目ヂカラもシャキッとされて、
今まで病名を伏せていたご親戚やお友達の方にも次々とお電話をされ感謝とお別れを伝えたそうです。
約1年間の癌治療を受け持っておられた病院ドクターにも心からの感謝を言付かりました。
私にも施設スタッフさんにも、短い期間ですが涙ぐまれながら「ありがとう」の言葉をいただきました。
旅の力をつけたかったのか、お食事もしっかりとご自身で召し上がったのです。

私はひざまずき、ベッドの彼女の手を取り、このようにお声かけしました。

「◯◯さん、私ね、向こうに言ったらまたお元気な生活が待っているのを知ってるんですよ。
たくさんお看取りしていると、
先に旅立たれた方々が皆さん教えてくれるんです。
『死は終わりじゃないよ、また会えるから頑張って生きておいで』と。
◯◯さんともう少しでしばしのお別れかもしれませんが、また必ずお会いします。
私ね、◯◯さんと会えて良かった。
私ね、◯◯さん、大好きです。」

「どうして?」

「◯◯さん、おきれいだから」

「あなたの方がきれいでしょ」

「◯◯さんの魂が美しいんです。
とても美しいから、こうしてお会いしたら私の魂まできれいになるんですよ。
ありがたいです。
会えて良かった。
美しくてきれいで清らかな◯◯さんが大好きで嬉しいです。」

と、頬をくっつけてギューっと抱きしめました。
◯◯さんは目尻に涙を浮かべながら優しく微笑んでいました。

「少し眠りたい。ゆっくり休みたい。」

少しだけモルヒネと睡眠薬の座薬を使い、◯◯さんはスゥッと眠りにつきました。
そして翌朝にご家族が見守られる中、静かに静かに呼吸が止まりました。
お気に入りのmont-bellのフリースにお着替えされて、新しい門出のご衣装は私とお揃いです。

ご家族さまの言葉。

「病院じゃないと難しいことだと思っていましたし、今まで在宅での死についてイメージが湧かなかったけれど、こんなに穏やかにギリギリまで普通に過ごせて良かったです。
自分もいつかこんな風に旅立ちたいと思います。」

今日は冬至。

陰が極まり再び陽にかえる日であり、「一陽来復(いちようらいふく)」今日を境に福に転じていくと古来から言われて来ました。
向こうに着く頃はすっかり春ですね。
またお会いしましょう。

合掌。

2019.12.27

訪問診療ブログ『お一人お一人に向き合う…人生会議も然り』

金谷 潤子
12月11

院長が録画して見ているキムタクさん主演の「グランメゾン東京」
フレンチの三つ星獲得を背景に志熱い料理人達が繰り広げる人間ドラマです。
元々、クリエイティブなことは好きなので色々な料理が出てきて楽しい。
でも、それだけではありません。

お金儲けだけではない
技術だけではない
ステイタスだけではない
人として大切な「何か」を追い求めるドラマ
そこには医療にも共通している大切な言葉も散りばめられています。

前回から。

「お客様 一人一人にあわせて
ビーフシチューを作ってた。
我々が見るべきは
皿ではなくて 人なんだって。」

「えっ でも 人の味覚なんて
分からなくないすか?」

「いや でも 俺がもっとちゃんと
コミュニケーションとるべきだったんだよ。」

そうです。
私たち医療者も
「見るべきは
病ではなくて人」なんです。

そんな一人一人に合わせて微調整なんて。

できない?

できます。
ひと手間を惜しまなければ。

目の前のお一人お一人に、少しでも安心をお届けしたいという思いがあるならば。

障害を乗り越えて人生に立ち向かう方も
日々をただ穏やかに過ごしたい方も
死を前に旅立ちの支度をする方も
死の宣告に戸惑い絶望する方も

どんな方も
ここに共に今生きている
その思いに
心ゆくまでの工夫で応える医療でありたい。

※お腹の大きな脂肪腫の摘出をしたウチの犬。
人だけではなく、全てのいのちの声なき声に耳を澄ましていたいと思います。

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