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2021.11.26

訪問診療ブログ『黄泉比良坂(よもつひらさか)』

『黄泉比良坂(よもつひらさか)』
現世と常世の境目と言われています。
日本神話では
国造りの男神イザナギが
亡くなった女神イザナミに逢いに行くくだりがあります。
決して姿を見ない様に言われたのに、
つい嬉しくて火を灯すと
イザナミは既に醜く朽ちており、
見られた怒りでイザナギを追いかけて来ます。
必死に逃げたイザナギは
黄泉比良坂まで来て、
ここを岩で閉じてしまいます。
悔しくてイザナミが「人の命を毎日1000人終わりにしよう」と言い放つと、
イザナギは「それなら毎日1500人の赤子が産まれるようにしよう」と答えたとか。
ここから生と死の概念、寿命などが生じたと言われています。
三途の河と似ていますね。
世界中であの世とこの世の境目には
共通して川やトンネルが登場するのは
不思議です。
赤ちゃんがお母さんのお腹からこの世に出てくる産道も
暗いトンネルの様なものですね。
かつてお看取りしたある方は、なぜ保っているのか医学的には理解できない状況で3〜4日間持ちこたえました。
血圧はずっと50以下で血圧計では測定不能。
意識はもちろん既に無く、
40度の発熱がありました。
血圧が低いのにもかかわらず、
高熱のおかげで手足の色は変わらず(通常、お看取り近くに血圧が下がってくると、血が届かなくなる為、手足の先から青っぽく冷たく変化してきます)
ポカポカでした。
高熱にもかかわらずなぜか呼吸はとても穏やかでお顔も気持ち良さそうに寝ているようにしか見えませんでした。
この方は子供さま3人にお会いしたかった様です。
血圧が下がり身体は終焉を迎えようとしていましたが、持ち堪える為にこの方は自ら発熱して血流を保ちました。
(辛そうには見えませんでしたので、解熱の為の薬剤は用いませんでした。後から、それは意味のある、本人の意思による発熱だったと気がつきました。)
最後に遠く離れた息子さまが到着すると、
その数時間後に熱は下がり奇跡は幕を閉じました。
黄泉比良坂を越えることは
あるいは三途の河を渡ることは
簡単でした。
けれどもお父さまはそこで身体を張り
命の灯火を必死に燃やして
待っておられました。
人のいのちは医者が決めるものではありません。
緩和ケアや終末期医療というものは、
人が現世での自らのいのちを終おうとする為のお手伝いです。
「ケア」と言う言葉の意味は「おてあて」「寄り添い」「気遣い」「お世話」「お手伝い」「癒し」です。
「キュア」は医療で生命を救う治療を施すことですが、
緩和ケアはキュアでは無いのです。
それは家族や近しい方々でも十分にできることも。
むしろ、薬よりも大きな効果が近しい人々や環境に隠されています。
麻薬や精神科薬を使いこなすことだけが緩和ケアと考えるのは大間違いです。
終末期における医療は、
ご本人の終おうとしているそのやり方の決して邪魔をしないよう、
穏やかで安心した時間であるようなお手伝いであるよう、
いつも心がけなくてはなりません。
※写真は今お迎えに近づいて来ているある方のお庭のお花です。
み空色の清々しいお花に讃えられて
ご自身のいのちと対峙しておられます。
2021.09.29

訪問診療ブログ『コーヒーをどうぞ』

『コーヒーをどうぞ』
大切なお母さまに悪性疾患が見つかりました
進行は早く
入院のまま数ヶ月が経ち
会えない日が続きました
このままでは…
ご家族さまは少しでもお会いする時間を
工面するために
高齢者住宅への退院を決意されました
穏やかな時間
ご家族との楽しい面会
スタッフさんたちとの温かい交流
あっという間にそれも過ぎ
お母さまにお別れが近づきました
明け方に血圧が下がり
喘ぐ様な下顎呼吸となりました
娘さまは朝早くから駆けつけて
側で手を握っておられました
施設看護師の男性は
何かできないだろうか、と考え
お母さまのお好きな
食べ物や飲み物はございますか?
そういえばコーヒー好きでした!
亡くなった父と二人でよく飲んでました!
是非それを叶えましょう
直ぐに用意された良い香りのコーヒー
でも、どうやって?
お母さまは意識も無く
血圧も測れず
下顎呼吸の状態です
とても何かを飲めるとは思えません
そうだ!
看護師さんが持ってきたのは
口腔ケアのスポンジ
一緒にやりましょう!
看護師さんがお母さまの酸素マスクを
少し口から離して持ち
娘さまがコーヒーを浸したスポンジで
香りを鼻に
唇にも少し
そしてお口にそっと含ませると
弱い下顎呼吸が止み
大きくお口を開けて
その香りを
芳ばしいコーヒーを
しっかりと味わうかの様に
深く長い呼吸が現れました
娘さまは思わず看護師さんと目を合わせて
お母さん、分かるのね!
美味しいのね!
もっと欲しいのね!
スポンジで楽しんだ
尊いコーヒーの時間
お母さまは満足されたご様子で
穏やかなお顔で
静かに旅立たれました
今頃はお父さまと再会されて
お久しぶりにお2人でコーヒーを
召し上がっていることでしょう
スポンジで含ませたコーヒーの話をお聞きして
感心して男性施設看護師さんの偉業を労うと
そんなことないんです!
もっと前に気がつけば良かったのに!
と、彼の目にあふれる涙
いえいえ、今日の旅立ちの
大切な門出に
美味しい
極上のコーヒーを
提案してくれて、
きっと
心から喜んでいらっしゃいますよ
コーヒーの香りは脳にα波を増やし
深いリラックス効果をもたらすそうです
最高の看護師さん魂、
最高の緩和ケアでした
合掌
2021.07.26

訪問診療ブログ『最期まで生きる、そして愛』

『最期まで生きる、そして愛』
とても心配性の奥様が最期まで頑張れたのは、
訪問看護さんや訪問リハビリさんたちの丁寧な医療サポート、
ヘルパーさんの温かな生活サポート、
キャンナス眞鍋さんの、「最期まで生きること」へのサポートがあったからこそでした。
目を閉じて長いこと休まれたままだったご主人様がちゃんとお別れの時には目を開けてご挨拶をされたことは胸が詰まります。
キャンナス眞鍋さんのご投稿を引用させていただきます。
———————————————-
いのちを看る
小さな小さな呼吸で夜を超え、
最期まで穏やかな表情で 
早朝に旅立ちを決めた方とお付き合いしました。
酸素マスクの力を借りて、
全身で呼吸をする日を3週間ほど過ごされながら
この日を迎えました。
血圧は下がりながらも、
脈拍は弱く弱く触れました。
白々と夜が明ける中で、
乾燥した口を整えて、
あたたかいタオルでしっかりと洗顔と手を拭くと、頬が緩みました。
マスクを外した、
あまりの穏やかなご主人の表情を見て、
奥さんが言いました。 
「こんなにピカピカに、きれいにしてくれてありがとう。主人はもう充分頑張ったのですね。」
と確認され、うなづく私。
ご主人の額や頬を触り
「こんなにも最期まで頑張ってくれて、ありがとう。もうゆっくり、神様のところへ行ってもいいわよ。今まで本当にありがとう」
両手で頬をしっかりと支え、
唇に触れ何度も何度もお礼を伝えました。
ご主人はうっすらと目を開けて
見つめたあと数秒後再び閉眼され
静かな静かな呼吸で
お別れされました。
小康状態の中で 
いつか迎えるこの時間の不安と悲しみ、
そして緊張に潰されそうな心を聴きながら過ごしましたが、
その時間は感謝に溢れておだやかにやってきました。
主治医の先生が到着して
「最後の診察になります、ご主人はよく頑張りました。これは病気で亡くなったのではなく、大往生ですね」と。
そこに立ち会った皆が温かな時間を過ごしました
「家でよかったです・・ありがとう! 
やってあげたかったことができました!」
涙の無いさわやかな笑顔が心に沁みました
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